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2010/10

龍馬伝2010/10/31日放送第44話「雨の逃亡者」

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薩土盟約を結んだことにより土佐藩は薩長と幕府の間で
一定の影響力を行使できる存在になった。

しかし、その立場を確固としたものにするには難題が残されている
土佐の大殿、山内容堂公に大政奉還論の支持を訴えなければならない

土佐藩主の山内家には徳川家康公より
土佐を領地として賜ったという大恩があった
忠義を何よりも重んじる容堂が大政奉還論に
耳を貸すはずもなく後藤象二郎(青木崇高)は
容堂の厳しい叱責を受けるのだった。

一方、龍馬(福山雅治)は長崎に戻り、銃千挺を土佐商会に発注する
目的は土佐の挙兵のためと聞き弥太郎(香川照之)は気色ばむ
戦はいかん、必ず止めるといっていた男がどの口で言うか...

戦で儲けることを決めたのは己の才覚であると確信する
弥太郎にとって龍馬にお膳立てしてもらうかのような
成り行きは甚だ不愉快なことである

ますます龍馬への敵愾心を燃やす弥太郎であった。

長崎の街で事件が起きる。イギリス軍艦イカルス号の乗組員が
斬り殺されたのである。偶然その場に居合わせたお元(蒼井優)ら
芸妓の目撃証言から犯人は白袴の武士であることが判明した

そのために海援隊にイギリス水夫殺しの嫌疑がかかったのである
海援隊の装束もまた白袴であったからだ。

これを受けた長崎奉行、朝比奈昌広(石橋凌)は
龍馬捕縛の絶好の機会ととらえ海援隊の一斉捜索に乗り出す

無実を訴える海援隊の面々であるが聞き入れられるはずもなく
不在の龍馬の変わりに沢村惣之丞(要潤)が奉行所に連行されていった
隊士たちは真犯人探しに乗り出す。

弥太郎にとっては青天のへきれきというべき危機であった
イギリス公使パークスはこの事件に激怒し犯人を引き渡さなければ
土佐との戦争も辞さないと強硬な態度を貫いている

これはすなわち土佐商会はもはやイギリスとの
交易を行うことは不可能になったということである
これから始まる戦で売りまくる武器の買い付けもできないのだ

それもこれも龍馬が長崎奉行に目を付けられているせい...
憤まんを抑えることができない弥太郎であった。

事件の目撃者として証言したお元であったが一転して
奉行所に追われる身となっていた。お元はイギリス水夫殺しの犯人は
龍馬ではないと証言したことにより朝比奈の不興を買ってしまったのだ

お元が荷物に忍ばせておいたロザリオを見つけた奉行所は
お元とその周辺のキリシタンの弾圧に及ぶ。

お元が隠れキリシタンとして奉行所に追われる身となったことを知った
弥太郎は龍馬にそのことを伝える。一方で龍馬もイギリス水夫を殺した
犯人が福岡藩士であり、すでに福岡藩邸で切腹したとの情報を得ていた

龍馬はお元の捜索に、弥太郎は長崎奉行に
真犯人が判明したことを伝えに走る。

長崎奉行所で弥太郎は龍馬の潔白を訴えたが
聞き入れられることはなかった。それどころか龍馬と
引き換えでなければ土佐商会の長崎での商売も
今後一切認めないと通達され愕然とする弥太郎

さらにお元が追われる羽目になった理由を知る。

雨の降りしきる長崎の街で龍馬はお元を見つけることができないでいた
そんな龍馬の前に弥太郎が立ちふさがる。弥太郎の目は怒りで震えていた。

「龍馬...おまんは疫病神ぜよ」

龍馬のせいでお元の人生は滅茶苦茶になった
お元は弥太郎も懇意にしていた芸妓である
そのお元は龍馬をかばって転落したのだ

そして土佐商会も長崎で商売を続ける事ができなくなる
弥太郎は龍馬への憤りを抑えることができなくなっていた
言葉の限りを尽くして龍馬を罵倒する弥太郎...。

「お元は当たり前の幸せを望んじょっただけぜよ」

「それを壊したがは...龍馬!おまんぜよ!」

「長崎奉行はおまんを捕まえたいだけじゃ...
わしもお元も、おまんのとばっちりを受けたぜよ!」

「わしの前から消えてくれや...龍馬...」

「もう消えてしまいや!」

龍馬は返す言葉もなくただ愕然とそれを聞くしかなかった
どしゃぶりの雨の中、立ちつくす龍馬を置いて立ち去る弥太郎
一人取り残された龍馬は涙を拭い決意を固める

イギリス公使、パークスの元に乗り込むのである。


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龍馬伝2010/10/24日放送第43話「船中八策」

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山内容堂(近藤正臣)は京都で四侯会議に出席していた
十五代将軍となった慶喜を中心に有力大名から成る
摂政たちで執り行われる諮問会議である。

容堂は目の前の会議よりも虫歯の疼く奥歯の方が気になっていた
会議は政治の実権を握ろうとする薩摩と徳川の主導権争いに
終始するばかりである。

もはや児戯に等しき時間の空費、容堂は苛立ちを募らせるばかりであった。

その頃、龍馬(福山雅治)と後藤象二郎(青木崇高)は
船で京都へと急いでいた。四侯会議に出席中の容堂の
裁可を得るためである。大政奉還実現の主導権を

土佐が握るべく薩長と手を組むことを決意した後藤であったが
いまだ山内容堂の決裁を仰いだわけではなかったのだ。
土佐の足並みを揃えるにはどうしても容堂を説得する必要があった。

何が何でも容堂公を説得してみせると意気込む後藤
土佐が新生日本の要石になれるのか否か、正念場は
すぐそこまで迫ってきているのだ

一方、龍馬は船室にこもり大政奉還実現後の構想を練り上げる
後に船中八策と呼ばれる草案に目を通した後藤も
興奮を隠せない様子である。龍馬は大きな手ごたえを感じていた。

勇んで京都へと乗り込んだ後藤と龍馬は思いもかけない
肩透かしを食らう。容堂公が四侯会議を放り出して
土佐へ帰ってしまった直後だったのだ。落胆する後藤。

一方、転んでもタダでは起きない龍馬は陸奥陽之助(平岡祐太)の手配で
材木商の酢屋を拠点に海援隊京都支部を設置する。

そこへ中岡新太郎が現われ薩摩からの伝言を伝えてきた
西郷(高橋克美)が後藤象二郎との面会を求めてきたのだ。

西郷らの待つ面会場所に赴く後藤と龍馬であったが
容堂公の後ろ盾を得ていない状況では手札の乏しさは否めなかった
武力倒幕を避け、大政奉還によって平和的に政権の委譲を成し遂げるべしと
訴えてみても、西郷に弱みを突かれて苦しい立場に追い込まれる後藤である

しかし、ここで西郷が予想もしない提案をしてきたのだ
土佐の目指す大政奉還に協力すると言うのである。

西郷のこの提案により後藤はさらに追い詰められることになった
大政奉還が実現しなかった場合は土佐も武力倒幕に挙兵することを
約束せざるを得ない状況となってしまったのである

これは薩摩の御側役、大久保利通(及川光博)の画策であった
薩摩は武力倒幕で長州と手を組み、大政奉還では土佐と手を組むことで
時勢がどのように流れても主導権を握れるよう動いていたのだ。

大政奉還に失敗すれば土佐も戦火に晒される...
己の進もうとする道の過酷な行く末に戦慄する後藤であった
しかし今できることは土佐を大政奉還に向け一枚岩にすることである
その為にも容堂の説得を成功させねばならないのだ

後藤と龍馬は互いの覚悟を確かめ合う。もう後戻りはできないのだ。

酢屋に戻った龍馬は中岡に船中で書き上げた草案を見せる
そこに記された新しい日本の形に中岡は衝撃を受ける
能力のある者は身分を問わず政治に参加できる世の中

民主主義を軸とし上下両院の議会を設置、海軍の拡張
為替レートの適正化といった先進的な構想がそこには書き連ねてあった。

中岡は興奮のあまり涙を流すほどであったがすぐさま冷静を取りもどし
龍馬に忠告する。これを世に出したら殺されるのは間違いないと。

龍馬は中岡に答えて言うのだった。
「命を狙われるぐらいのことをせんと、日本は変わらんぜよ!」

その頃、弥太郎(香川照之)はイギリス商人との交流を契機に
戦争には巨大なビジネスチャンスがあることを学び狂喜していた

時代は今にも戦乱へと突入する寸前の情勢なのだ
弥太郎は武器商人として立つことに己の活路を見出す。

必ず戦争は起こる。幕府にも薩長にも
両方に武器を売りつけ、大儲けしてやる!

龍馬が戦を止めようとするなら自分は戦で巨万の富を築いてやろう
弥太郎の心には龍馬への激しい対抗心が燃え盛っていた。


龍馬伝2010/10/17日放送第42話「いろは丸事件」

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弥太郎(香川照之)は長崎で大洲藩の歴々と酒を酌み交わしていた
いろは丸の海援隊への貸与契約をまとめあげた弥太郎の手腕は
大洲藩にも高く評価されているのだ

いまや日の出の勢いの弥太郎である

大洲藩の役人が賛辞を口にすればさも当然といった体で酒を煽り
いろは丸での商売拡大、利益を大洲藩に還元してみせましょうと
豪語するのであった。

宴もたけなわ、我が世の春を謳歌する弥太郎に
冷や水をぶっかける凶報が届く

なんと、いろは丸が大阪行きの航海の途中で
沈没したというのだから堪らない大洲藩の役人達が仰天し
目を回すのを目の当たりに弥太郎は自らの立場と実績が海の藻屑と消えた
いろは丸のごとく沈んでいくのを感じて青ざめていた。

大阪へと向かういろは丸は夜の瀬戸内海を航海中に紀州藩の大型船
明光丸と衝突し沈没した。幸いにも龍馬(福山雅治)をはじめ
乗組員全員が沈没前に明光丸に乗り移ることができた為
犠牲者は一人も出なかった。

しかし、積荷は一つ残らず海底へと沈んでしまい
海援隊は莫大な損害を被ってしまう。

事故は明光丸に明らかな非があるものであったが紀州藩は
たった千両の見舞金で事を済ませようとした。大藩である紀州にとって
土佐の海援隊など相手にする理由がないのだ

これを良しとしない龍馬の執念が長崎での談判を実現させる
船と積荷の賠償をかけて徳川御三家の一角と一騎打ちである。

この件は一時、いろは丸の代金を含めた全ての損害賠償を
土佐商会が行うことで落着となりかけた。しかし、こともあろうに
坂本龍馬は後藤(青木崇高)の面前で土佐藩の体面を賭けて
紀州と争うべしと主張したのだ。

紀州一藩に怯むようでは土佐に日本を動かす資格なしと煽る龍馬に
後藤も談判を了承する。ただし、敗れれば切腹が条件である。
泣きっ面に蜂の弥太郎であった

龍馬のせいで自分も巻き添え、切腹の憂き目になる可能性が大なのだ
必死で談判に向け賠償請求の下話に取り組む弥太郎
涙目で龍馬への恨み節を叫ぶのであった。。

龍馬は紀州を談判の場に引っ張り出すために一計を案じる
お元(蒼井優)に頼んで紀州を揶揄する戯れ歌を作ってもらい
それを長崎の街中で流行らせたのだ

悪評が蔓延するのを見た紀州は浮き足立ち
談判に応じざるを得なくなったのである。

体面を賭けて談判に挑む紀州は勘定奉行の
茂田(中尾彬)を擁立して挑んできた

お上の裁定に委ねる事で事を収めようとねじ込む持田に対して
龍馬は最初の札を切って見せる。万国公法である。

いまや日本は世界に開かれ、世界の一員として各国に
その力を認めさせなければならない時である

日本の海で起きた事故と言えども
世界各国共通の法で裁かれなければならない

でなければ日本は法も道理も通じない野蛮な国と侮られるのは必定
この期に及んで内輪の裁定で手打ちとするのは幕府御三家の紀州が
日本の名を汚すということ、すなわち帝の御名を汚すことに他ならないのである!

帝を引き合いに出されてはさしもの紀州も一旦は下がって見せるしかない
その様を見て取った龍馬がダメ押しの札を切ってみせる。後藤象二郎が
イギリス海軍提督のケッペルを連れて談判の場に登場したのである。

ケッペルの立会いの下、いろは丸と明光丸の衝突事故は
万国公法に則って裁かれる事となる。結果は海援隊側の勝利となり
紀州藩は八万三千両もの賠償金を支払うこととなった。

ここでは弥太郎が持ち前の才覚を発揮していた。いろは丸と積荷の損失額は
四万三千両の見積もりであったが、弥太郎はここに四万両を上乗せして
請求したのである。積荷が生み出したはずの利益

いろは丸が沈まなければ将来生み出したであろう
利益の損失を認めさせるという日本の海難審判史上画期的な判決であった

弥太郎は己の手腕を崖っぷちで証明して見せたことで得意満面上機嫌である
一方で龍馬は自身の振る舞いがますます恨みを集めていることを自覚していた
下関の三吉慎蔵(筧利夫)に手紙を送る龍馬

自分に万一の時があれば、お龍を土佐の坂本家に送り届けてくださいと...
まるで自分の終わりを知るかの様に龍馬は運命と立ち向かっていたのだ


龍馬伝2010/10/10日放送第41話「さらば高杉晋作」

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後藤象二郎(青木崇高)との和睦を果たした龍馬(福山雅治)は
亀山社中の脱藩浪士ともども土佐藩籍を回復する

後藤と手を組むと同時に社中の立場を土佐藩と同等とする条件まで
飲ませたのだから結果は上々と言えるものだった。

長崎へと戻った龍馬は社中の面々の前で新たな船出を高らかに宣言する
社中の名称を「海援隊」と改め、土佐藩の庇護のもとで船を使った
大々的な「ビジネス」を行うのだ。日本初の海運商社の誕生である。

新たな脱藩浪士が加わり大所帯となった海援隊は
小曽根乾堂(本田博太郎)が用立ててくれた離れを社屋とすることになった

土佐からは弥太郎(香川照之)が会計係としてここに加わり
土佐商会の資金を元手にした商売を行う事も可能である
まさに順風満帆であった。

弥太郎にとっても龍馬の海援隊が土佐商会と繋がることは
起死回生の好機である。これで長崎で大手を振って
商売ができるようになったのだ

無論、海援隊での己の地位を優位なものとすべく振舞うことも忘れない
抜かりのない弥太郎であるが気がつくと目の前には山のような
借金の証文と船の買い付けという無理難題が積み上がっていたのであった

天気晴朗の道を歩み始めた龍馬だったが
心配事が尽きたわけではない

いまや幕府から追われる身となった自分に付き添う
お龍(真木よう子)のことが気がかりなのだ。

長崎奉行の詮議の手は後藤の計らいで
一応は退けることができたものの

依然として自身の身の回りに
危険な空気が漂っていることを感じていた。

そこで龍馬はお龍を親友三吉慎蔵(筧利夫)の元に
一時預けることを決意する。嫌がるお龍を説得し
下関へと到着した龍馬は高杉晋作(伊勢谷友介)が
いよいよ死を迎えようとしていることを知る。

高杉との面会に赴くとそこには木戸(谷原章介)も居た
龍馬は二人に土佐藩が薩長と連携することを決めたと伝える

薩長に土佐を加えた勢力をもってすれば
幕府に大政奉還させることは可能だという龍馬の訴えに
高杉は興奮を隠せない様子で同調した

幕府との戦いの先頭に立った高杉であるが
その心は戦禍の拡大を望んでいなかったのだ。

しかし木戸はあくまでも武力による倒幕が必要なのだと
龍馬の主張を退けた。徳川の勢力が温存されたまま
新政府に組み込まれるような事があってはならない

戦争により幕府に決定的な打撃を与えなければ
新生日本は成り立たないというのが木戸の揺ぎない考えであったのだ

食い下がろうとする龍馬を頑としてはねつけた木戸に
高杉が必死の説得を試みる。喀血しながらも龍馬の言葉に
耳を貸すよう木戸に訴える高杉の様子は

今にも途切れそうなほどである。いたたまれなくなり
その場を離れる木戸の後を追う龍馬。盟友を失おうとする
木戸の悲しみを知るのであった。

下関で三吉慎蔵宅に逗留する龍馬を
盟友中岡慎太郎(上川隆也)が訪ねて来る

中岡は龍馬の海援隊に刺激を受け陸援隊を結成していた
しかしその目的は武力倒幕と知って落胆する龍馬

ともに薩長同盟を成し遂げる為に奔走したはずの
盟友中岡との意見の相違に前途の多難さを思い知る龍馬であった。

お龍を下関へ残し長崎へと帰還した龍馬に弥太郎が吉報を差し出した
海援隊で運用する船の手配、この難題を弥太郎が見事に解決してみせた
大洲藩から外輪蒸気船いろは丸を借り受けることに成功したのである


意気上がる海援隊の面々、得意満面の弥太郎の姿を見て
龍馬の内にも再び火が燃え上がっていた。
今はやれることを精一杯やろう

まずは「ビジネス」を成功させるのだ

海援隊の初仕事が待つ大阪へと向けて
出港の準備を整える龍馬の元に病床の高杉から贈り物が届けられる

それは奇兵隊の隊旗であった。高杉晋作の夢を乗せた船「奇兵隊」
武士も町人も百姓も、身分の別なく集い力を合わせる事ができるのだと
証明してみせた奇兵隊は龍馬の目指す日本の形そのものだった

高杉は龍馬の夢の船に自分の夢も乗せてくれと旗を託したのだ。
龍馬は下関でのお龍の言葉を思い出していた。

人はどうして死んでしまうのだろう...。
天がもうお前の役目は終わったと見放すのだろうか。

そんな龍馬のつぶやきにお龍はこう答えたのだ。

「そうかも知れませんね...。そやかて、人の死は終わりだけではないと思います」

「その人の役目を...志を受け継ぐ者にとっては...」

「始まりどすさかい」

龍馬は死んでいった仲間への想いを噛みしめる
彼らの志を自分は受け継いでここにいるのだと
そして今あらたに高杉晋作の志も託された

慶應3年4月14日、高杉晋作死す

高杉の志を継いだ龍馬が自らの死をもって
その志を後世に託すまであと7ヶ月であった


龍馬伝2010/10/3日放送第40話「清風亭の対決」

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土佐商会の主任となった弥太郎(香川照之)だが
長崎での商売は困難を極めていた。どこへ行っても
龍馬(福山雅治)の紹介が必要だと突っぱねられてしまう

龍馬は長崎の豪商たちの間で絶大な信頼を誇っていたのだ
そのような男を脱藩浪士として犯罪者扱いにする土佐の心証の悪さも
弥太郎の商売の足を引っ張っていた。

ことの次第を後藤象二郎(青木崇高)に報告しようにも
後藤は龍馬を不倶戴天の敵と看做しているのだからそれもできない
まさに打つ手なしである

自らの苦境の全ての元凶が龍馬であるように思え
逆恨みまじりの敵愾心を燃やす弥太郎・・・
その頃、土佐ではある変化が起こっていた

第二次長州征伐の失敗により幕府の威信は地に落ちていた
それを見た山内容堂(近藤正臣)が薩長と密かにつながる道を
模索するよう後藤に命じたのである。

土佐が薩長とつながるためには龍馬を抱き込む必要があるのだ
薩長同盟の成立に龍馬が果たした役割を思えば自明である
そして龍馬の居場所を探し出す役目は当然のごとく
弥太郎に申しつけられるのであった。

私怨を捨てて龍馬と会合を持つことを決意した後藤であるが
吉田東洋の一件における龍馬の振る舞いを許してはいなかった
龍馬が土佐の為に働く事を拒否した場合は斬り捨てろと命じる後藤

弥太郎は龍馬の為にまたひとつ頭痛の種が増えたのであった。

龍馬捜索もはかどらず、さりとて後藤と龍馬を引き合わせれば
最悪の事態も起こりえるのだ。困り果てた弥太郎が引田屋で
お元(蒼井優)を相手に管を巻いていると...。

そこに龍馬が現れたのである。龍馬は後藤が自分を探していると知って
自ら乗り込んできたのだ。場所や日時まで強引に決めてしまう龍馬に
弥太郎は戸惑うばかりである。かくして清風亭で後藤象二郎と
坂本龍馬の会合が設けられる運びとなった。

一触即発の空気の中

龍馬は薩長と土佐の橋渡しをして欲しいという後藤の申し出を一蹴する
龍馬の傲岸不遜な物言いに殺気立つ上士達。断れば命は無いと凄む
後藤に一歩も引かない龍馬であった。

龍馬の真の狙いは後藤の器を見極めることであった
薩長の連合に土佐を加えることで幕府に大政奉還を迫る
一大勢力を築き上げる...

後藤は果たしてその為に働ける男であるのか?
土佐一藩ではなくこれからの日本の事を考えられる人物であるのか?
龍馬が後藤に突きつけた問いであった。後藤が出した答えとは...。


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